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冷たい風が吹き荒れる晩秋、古城の城壁に立つリリアは、遠くに見える村の灯りをぼんやりと眺めていた。彼女は、この国の最強の騎士と謳われる姉、エリスの従騎士。エリスは、冷酷で容赦なく、その強さゆえに周囲から距離を置かれていた。だがリリアは、そんなエリスを深く敬愛し、姉の影として忠実に仕えていた。

リリアは、騎士としての腕前はエリスには遠く及ばない。だが、彼女はエリスの心情を理解しようと努め、彼女の孤独を少しでも癒やすために、いつもそばにいた。エリスは、その冷たさの奥に、深い傷を抱えていることを、リリアは感じていた。それは、過去に起きた、忘れられない出来事によるものだと、僅かに耳にしたことがあった。

ある日、エリスはリリアを呼び出した。「リリア、今日は特別訓練だ」と、エリスはいつもの冷淡な声で告げた。訓練場に行くと、そこには、奇妙な遊具が設置されていた。それは、三本の木製の馬が円形に配置された、三角木馬だった。

「……これは？」リリアは戸惑いを隠せない。

「子どもの遊びだと馬鹿にするな。これは、バランス感覚と協調性を養うための訓練だ」エリスは、冷たく言い放ちながら、自ら三角木馬に乗り始めた。

リリアも仕方なく、エリスの指示に従って乗り込む。最初はぎこちなかったが、エリスの動きに合わせて、徐々にバランスを取れるようになっていく。二人は、互いに呼吸を合わせ、まるで一つの生命体のように、三角木馬を動かす。

訓練は、想像以上に激しく、そして、奇妙な一体感を生み出した。汗を流し、息を切らしながらも、リリアはエリスの強さと、その奥底に潜む繊細さを感じ取っていた。通常ならば、剣戟や馬上槍試合といった武術訓練に明け暮れるエリスが、このような訓練を選んだことに、リリアは深い意味を感じた。

訓練後、エリスは珍しく、リリアに言葉をかけた。「…悪くなかったな、リリア」

その言葉に、リリアは胸が熱くなった。エリスからの直接的な賞賛は、これまでほとんどなかった。

その夜、リリアは、エリスが隠していた過去について、さらに詳しく調べようと決意した。古文書や、エリスの個人的な記録を探し回るうちに、リリアは衝撃的な事実を知る。エリスは、幼い頃に親を亡くし、孤児として厳しい修練を積んできた。そして、彼女が冷酷になったのは、過去の悲劇的な出来事によって、心を閉ざしてしまったからだった。

その事実を知り、リリアはエリスへの理解をさらに深めた。同時に、エリスの心の傷を癒やすために、自分は何ができるのかを考え始めた。

数日後、リリアは、エリスに、自分が集めた情報から作成した、エリスの幼少期の出来事を記した手記を差し出した。

「…これは…」エリスは、手記を手に、複雑な表情を浮かべた。

「姉上…あなたの過去を知っても、私はあなたを敬愛しています」リリアは、エリスの目を見て、静かに言った。

エリスは、黙って手記を読み終えると、リリアにゆっくりと近づいた。そして、今まで一度も見たことがない、優しい表情でリリアを抱きしめた。

「リリア…ありがとう」エリスの声には、今まで聞いたことのない、温かさが含まれていた。

それからというもの、エリスは少しずつ変わっていった。以前のような冷酷さは薄れ、リリアに対しても、より温かい態度を取るようになった。そして、二人は、三角木馬に乗って訓練を続ける中で、互いの心を深く理解し、絆を深めていった。

三角木馬は、単なる訓練道具ではなく、エリスとリリアの心の距離を縮める、特別な存在になった。その木製の馬は、二人の共有する秘密であり、二人の絆の象徴として、古城の訓練場に、これからも残り続けるだろう。そして、二人の物語は、この城の、そしてこの国の歴史に、静かに刻まれていくことになるだろう。