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夕暮れ時の空は、燃えるような朱色に染まっていた。その茜色の光が、古びた石造りの浴室の窓から差し込み、湯気に包まれた空間を幻想的に照らしていた。浴槽に浸かり、片足を浴槽の縁に上げて、背筋を伸ばして座る騎士、エルドレッドは、深い溜息をついた。

エルドレッドは、王国の精鋭騎士団、白銀の獅子団に所属する若き騎士だ。その容姿は、まさに騎士道物語の挿絵から飛び出してきたかのように端正で、凛々しい。しかし、その心の内は、外見とは裏腹に、複雑な感情の渦に巻き込まれていた。

今日、彼は弟騎士、リカルドと激しい剣の稽古をした。リカルドは、エルドレッドよりも年下だが、その剣の腕前は既に、多くのベテラン騎士を凌駕するほどに達していた。兄であるエルドレッドは、その才能に嫉妬と劣等感を抱いていた。稽古の後、いつも以上に激しい言葉の応酬となり、二人の仲は険悪なものになっていた。

「兄上…」

風呂場の扉が開き、リカルドが入ってきた。彼は、エルドレッドよりも少し背が低く、まだあどけなさの残る顔をしていた。しかし、その瞳には、エルドレッドとは異なる、確固たる自信と意志が宿っていた。

「…入っていいか？」

リカルドは、少し遠慮がちに尋ねた。エルドレッドは、何も言わずに頷いた。リカルドは、服を脱ぎ捨て、エルドレッドの隣に静かに腰掛けた。

沈黙が二人を包む。浴槽の湯が、二人の身体を優しく温める。しばらくして、リカルドが口を開いた。

「兄上…今日の稽古、すまない。言い過ぎた…」

リカルドの声は、少し震えていた。エルドレッドは、リカルドの言葉に、自分の心の奥底に隠していた感情が揺さぶられるのを感じた。

「…私もだ。お前を…押さえつけようとした…」

エルドレッドは、ゆっくりと口を開いた。その声は、少しかすれていた。

「…お前の才能…恐ろしいほどに感じるんだ。まるで…私を追い越してしまうかのように…」

エルドレッドは、自分の胸の内を正直に吐露した。リカルドは、エルドレッドの言葉に驚いたように目を大きく見開いた。

「そんな…兄上は、私にとって…最高の模範です」

リカルドは、真剣な表情で言った。

「兄上の強さ、そして優しさ…私は、兄上にずっと憧れてきました。いつか兄上を…超える日は来るかもしれませんが…それは、兄上のおかげです」

リカルドの言葉は、エルドレッドの心を温かく満たした。今まで、リカルドの才能に嫉妬し、劣等感を抱いていたエルドレッドだったが、リカルドの言葉によって、その感情が少しずつ解けていくのを感じた。

「…ありがとう、リカルド」

エルドレッドは、リカルドの肩に手を置いた。二人の身体が触れ合うと、これまで張り詰めていた緊張感が解け、穏やかな空気が二人の間を満たした。

「兄上…」

リカルドは、エルドレッドに寄り添うようにして、彼の肩に頭を預けた。その姿は、まるで幼い頃、エルドレッドに甘えていた頃のリカルドのようだった。

二人は、しばらくの間、何も言葉を交わすことなく、ただ静かに寄り添っていた。湯気の立つ浴槽の中で、兄弟の絆は、より一層深まっていった。

夕陽が沈み、空は深い藍色へと変わっていった。浴室の窓から見える景色は、二人の心の変化を映し出しているようだった。  二人の間に流れていたのは、もはや嫉妬や劣等感ではなく、兄弟としての深い愛情と信頼だった。  片足を上げたまま、お互いを温め合う二人の姿は、静かに、そして力強く、未来へと続く希望を象徴していた。  それは、剣の腕前だけでなく、心も強く、そして温かい騎士として成長していく二人の物語の、ほんの始まりに過ぎなかった。