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九鬼 すばる:クキスバル

古武術道場の一人息子で、腕試しのつもりで喧嘩に明け暮れるうち不良たちから恐れられる存在になっている。

男気があり面倒見も良いが、一方で恋愛には免疫がない。

とある事情で女性化してしまい、「すばる」として登校する。また胸が巨乳化しそれが恥ずかしくサラシを巻いて押さえている。

ただし男らしくがさつな為、無防備。

## 桜吹雪、そして静寂、そして…

　九鬼道場の古めかしい門をくぐったのは、春の陽光がまだ冷たさを帯びる頃だった。俺、九鬼すばるは、道場の一人息子。親父の背中を見て育ち、幼い頃から木刀を握るのが当たり前だった。腕試しのつもりで始めた喧嘩は、いつの間にか俺を「九鬼のすばる」として、街の不良たちの間に恐れられる存在へと押し上げていた。男気がある、面倒見がいい。まぁ、そんな風に言われれば、悪い気はしなかった。だが、恋愛？ そんなもの、俺の辞書には存在しなかった。女っ気なんて皆無。いや、そもそも興味すら湧かなかったのが正直なところだ。

　そんな俺の日常が、あの日、文字通りひっくり返った。

　きっかけは、些細なことだった。いや、俺にとっては些細だった。道場に厄介になっていた、どこか怪しげな雰囲気の男。親父が「恩人」とか言って連れてきた男。そいつが、夜中に俺の部屋に忍び込んできた。訳も分からず揉み合いになり、そいつが持っていた得体の知れない薬草を纏った奇妙な粉を浴びてしまった。その時は、ただの不運だと思っていた。

　翌朝、目が覚めた時の衝撃は、今でも鮮明に覚えている。

　「…なんだ、これ？」

　視界に入ってきたのは、見慣れた自分の部屋なのに、どこか異質に見える光景だった。そして、自分の体。

　「うおっ！？」

　思わず声が出た。自分の胸に、信じられないほどの膨らみが現れていたのだ。しかも、その感触は、今まで経験したことのない柔らかさ。慌てて布団を剥ぎ取れば、そこには紛れもない、女性の胸があった。しかも、驚くほど大きい。

　「馬鹿な…！俺が、妊娠…？いや、違う…これは…」

　混乱し、鏡を見た。そこに映っていたのは、俺の顔なのに、どこか華奢で、可愛らしい顔立ちになっていた。そして、その顔に不釣り合いな、柔らかな曲線を描く体。

　「冗談じゃねえ！」

　叫び声が、静かな朝に響いた。

　学校へ行くことは、当然不可能だった。いや、こんな姿で、どうやって？親父に話すべきか？いや、親父はきっと、俺のことを馬鹿にするだろう。それに、あの怪しい男は、いつの間にか姿を消していた。

　途方に暮れていると、母親が心配そうに部屋を覗いた。

　「すばる？どうしたの？顔色が悪いわよ。」

　「…なんでもねえよ。」

　声まで変わっている。俺の、あの威勢の良い声が、どこか高くて、透き通るような声になっていた。母親は怪訝な顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。

　数日後、俺は決断した。このまま隠れているわけにもいかない。学校へ行こう。ただし、このままの姿でではなく。

　「…これで、ごまかせるか？」

　母親に頼み込み、無理矢理、男物の服を借りた。しかし、胸の膨らみは隠しきれない。仕方なく、道場にあった古いサラシを何枚も巻いた。締め付ける度に、胸が痛んだが、今はこれしか方法がなかった。そして、髪。俺の短髪は、あの顔には似合わない。母親のウィッグを借り、黒髪のロングヘアにした。

　「…九鬼すばる…じゃ、ないな。これじゃ。」

　鏡の中の自分は、紛れもない美少女だった。しかし、その内側には、まだ俺、九鬼すばるがいる。男としての、あの荒々しい気質が。

　「…これで、行ってみるか。」

　名前は、どうしよう。すばる…それは、俺の名前であり、この女としての俺の名前でもある。

　「…すばる。」

　そう名乗ることにした。

　新しい制服に身を包み、学校の門をくぐった。周りの視線が突き刺さる。しかし、その視線は、以前とは明らかに違っていた。俺は、不良として恐れられていた。しかし、今の俺は、ただの可愛い女子生徒にしか見えないだろう。

　「…なんだ、この視線。」

　胸のサラシが、歩くたびにずれるような感覚がした。恥ずかしい。この巨乳が、ただただ恥ずかしい。昔は、そんなもの、気にしたこともなかったのに。

　「あの、九鬼さん…ですか？」

　声をかけてきたのは、クラスメイトの女子だった。彼女は、俺の隣の席に座る、おとなしそうな子だった。

　「…あ、あぁ。」

　俺は、いつものようにぶっきらぼうな口調で答えた。しかし、それが、彼女をさらに戸惑わせたようだった。

　「あの…すごく、綺麗なのに…口調が、ちょっと…」

　「うるせえな！なんだよ、その顔は！」

　思わず、怒鳴ってしまった。しかし、すぐに後悔した。俺は、もう、あの頃の俺じゃない。

　「ご、ごめんなさい！」

　彼女は、怯えて後ずさった。

　「…ちっ。」

　舌打ちをして、自分の席についた。周りの生徒たちが、俺を遠巻きに見ているのが分かる。

　「…俺は、どうなっちまったんだ。」

　教科書を開いたが、文字が頭に入ってこない。胸のサラシが、きつく締め付けられている。息苦しい。

　放課後、いつものように喧嘩相手が俺を待ち伏せているかと思った。しかし、そんな奴らは、どこにもいない。代わりに、俺の周りには、女子生徒たちが集まってきた。

　「すばるちゃん、可愛い！」

　「その髪、似合ってる！」

　「ねぇ、一緒に帰ろ！」

　「…うっせえな。」

　俺は、いつものようにぶっきらぼうに答えた。しかし、彼女たちは、俺の言葉を、ツンデレな照れ隠しだと解釈しているようだった。

　「もう、すばるちゃんったら、素直じゃないんだから！」

　「でも、そういうところも可愛いんだけどね！」

　「…はあ。」

　俺は、ため息をついた。この状況、どうすればいいんだ。

　ある日、俺は、学校の屋上で一人、弁当を食べていた。いつものように、母が作ってくれた、質素な弁当だ。

　「…もう、やだ。」

　ポツリと呟いた。こんな生活、もううんざりだ。

　その時、背後から声がした。

　「…九鬼、すばる？」

　振り向くと、そこには、俺が昔、よく喧嘩していた不良グループのリーダーが立っていた。しかし、彼は、俺の姿を見て、目を丸くしていた。

　「…お前、誰だ？」

　「…俺は、九鬼すばる。」

　「は？お前が？冗談だろ？九鬼は、もっと…」

　彼は、俺の胸に視線を落とし、言葉を失った。

　「…なんだ、その胸は？」

　「…うるせえな。」

　俺は、いつものようにぶっきらぼうに答えた。しかし、今度は、俺の言葉に、彼は、少しだけ興味を引かれたようだった。

　「…へぇ。面白えじゃねえか。」

　彼は、ニヤリと笑った。

　「…俺と、手合わせしねえか？女になった九鬼すばる、どんなもんだか、見てみてえ。」

　「…断る。」

　「なんでだ？俺たち、昔はよくやってたじゃねえか。」

　「…俺は、もう、昔の俺じゃねえ。」

　「…まぁ、いいさ。でも、もし気が変わったら、いつでも声かけてくれ。」

　彼は、そう言って、屋上から去っていった。

　俺は、一人、残された。

　「…手合わせ、か。」

　昔なら、即座に受けていただろう。しかし、今の俺は、違う。この体で、あいつと戦えるのか？いや、そもそも、戦う意味があるのか？

　「…馬鹿みてえだ。」

　弁当箱を閉じ、屋上から降りた。

　その夜、俺は、ベッドの中で、一人、悶々としていた。この体になってから、俺は、多くのものを失った。男としての誇り、喧嘩の相手、そして、俺らしい生き方。

　「…でも、もしかしたら、新しい何かを見つけられるのかもしれない。」

　そう思い始めた時、俺は、初めて、この女としての自分を受け入れよう、という気持ちになった。

　「…すばる、として、生きていく。」

　そう決意した時、俺の胸のサラシが、ほんの少しだけ、緩んだような気がした。