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## 悪神官、破滅への序曲

漆黒のローブが、古びた祭壇に絡みつくように揺れていた。その下で、一人の男が跪いていた。名はラザフォード。かつては聖なる神殿に仕える神官であり、今は人々の畏怖と嫌悪の対象となった悪神官。彼の顔には、かつての栄光のかけらもなく、ただ深い絶望と、それを覆い隠すかのような歪んだ野心が刻まれていた。

「ああ、我が主よ。このラザフォード、再び御前に参上仕りました。」

静寂を破る彼の声は、か細く、しかし熱を帯びていた。祭壇の奥、暗闇の中にぼんやりと光る紋様が、応えるかのように鈍く輝く。それは、禁忌とされる悪神の紋様。ラザフォードは、この神に魅入られ、その力に溺れてしまったのだ。

彼の前世は、光り輝くものだった。聡明で、敬虔で、人々から慕われる若き神官。しかし、その栄光の裏で、彼はある運命に囚われていた。それは、この世界に定められた「破滅」という名の終焉。ある日、彼は偶然、神殿の地下深くで、その衝撃的な真実を知ってしまったのだ。この世界は、特定の人物たちの欲望によって終焉へと向かう。そして、その中心にいるのは、彼自身、そして彼を導く悪神であった。

「破滅……。それは、この腐りきった世界に訪れる、必然の終焉。」

ラザフォードは、荒涼とした表情で呟いた。人々は、彼が神殿を汚し、禁忌に手を染めたと断罪した。しかし、彼にとって、それは逃れることのできない運命の奔流だった。そして、その運命に抗うのではなく、むしろ利用し、全てを我が物にする道を選んだのだ。

彼の計画は、大胆かつ無謀だった。世界を破滅に導く元凶である、二人の女性。一人は、この世界の「悪役令嬢」として定められた、美しくも傲慢な貴族令嬢、エレノア。もう一人は、その運命を覆し、世界を救うとされる「女主人公」、アリア。ラザフォードは、この二人の女性を、自身の欲望のために利用し尽くすことを決意した。

「エレノア、そしてアリア……。お前たちは、この世界の破滅を加速させるための、私にとって都合の良い駒だ。」

彼の脳裏に、二人の女性の姿が浮かぶ。エレノアは、まるで氷の彫刻のように冷たく、それでいて燃えるような情熱を秘めた瞳を持っていた。彼女の美しさは、多くの者を魅了し、同時に畏怖させた。一方、アリアは、太陽のように明るく、純粋な心を持った少女。彼女の優しさと強さは、人々に希望を与えた。

しかし、ラザフォードにとって、彼女たちの美しさも、優しさも、全ては計算された道具に過ぎなかった。彼は、悪神の力を借り、二人の運命を巧みに操ろうとしていた。エレノアの破滅的な才能を増幅させ、アリアの希望を絶望へと変える。そして、その混乱の果てに、彼は全てを掌握するつもりだった。

「我は、この世界を根底から覆し、我が手で新たな秩序を創造する。」

彼の野望は、日増しに肥大化していた。神官としての立場を悪用し、悪神の力を世に広めるための準備を進める。人々の心に疑惑と不信を植え付け、既存の秩序を崩壊させる。そして、その破滅の淵で、彼は静かに、しかし確実に、全てを支配する王座へと歩みを進めていた。

ある日、ラザフォードは、エレノアが主催する舞踏会に潜り込んだ。漆黒のローブに身を包み、仮面で顔を隠した彼は、まるで影のように会場を移動した。エレノアは、その会場の中心で、眩いばかりの輝きを放っていた。彼女の周囲には、多くの貴族たちが群がり、彼女の美貌と権力に酔いしれていた。

ラザフォードは、エレノアの傍らにそっと近づき、彼女の耳元に囁いた。

「令嬢エレノア。貴女の才能は、この世界ではあまりにももったいない。」

エレノアは、微かに眉をひそめた。彼女の視線が、ラザフォードに向けられる。その瞳には、好奇心と警戒心が入り混じっていた。

「貴方は、一体誰なのです？」

「私は、貴女の隠された可能性を引き出す者。この世界の理不尽な運命に、抗うための導き手です。」

ラザフォードは、自信に満ちた声で語った。彼の言葉は、エレノアの心の奥底に潜む、満たされない渇望を刺激した。彼女は、この世界で定められた「悪役」という運命に、密かに反発していたのだ。

「私の可能性……？」

「ええ。貴女の内に秘められた、破壊的なまでの創造力。それを解放すれば、この陳腐な世界を、貴女色に染め上げることができる。」

ラザフォードは、悪神の囁きを巧みに言葉に変換し、エレノアの耳に送り込んだ。彼女の瞳に、新たな光が宿る。それは、破滅への誘惑か、それとも新たな力への希求か。

一方、アリアは、城下町の一角で、貧しい人々にパンを配っていた。彼女の周囲には、感謝の言葉と笑顔が溢れていた。ラザフォードは、その光景を遠くから眺めていた。

「 ah、アリア……。貴女のその無垢な心こそ、最も容易く壊せる。」

彼は、アリアの存在を、自身の計画の邪魔になると同時に、利用価値のあるものと見なしていた。アリアが信じる正義や希望を、巧妙に踏みにじり、彼女を絶望の淵に突き落とす。それが、ラザフォードの次なる一手だった。

舞踏会の日が過ぎ、ラザフォードはエレノアとの接触を深めていった。彼は、エレノアに、悪神の力を少しずつ授けた。それは、彼女の魔術の才能を飛躍的に高め、同時に、彼女の心をより冷酷なものへと変えていった。エレノアは、ラザフォードの導きのもと、次々と人々を陥れ、自身の地位を不動のものにしていく。彼女の周囲には、畏怖と恐怖が渦巻いていた。

「ラザフォード様、貴方の仰る通りでした。この世界は、愚かで脆弱な者たちによって成り立っています。彼らを支配し、全てを掌握することが、真の力なのです。」

エレノアは、ラザフォードにそう語りかけた。その瞳には、かつての迷いの痕跡はなく、ただ冷たい野心だけが燃え盛っていた。

アリアは、エレノアの横暴さ、そしてラザフォードという謎の神官の噂を聞き、不安を募らせていた。彼女は、自らの力で人々を救おうと、奮闘を続けていた。しかし、ラザフォードは、アリアの活動を妨害するために、様々な策略を巡らせた。彼女が信じる人々を欺き、彼女の行動を妨害する。アリアは、次々と逆境に立たされ、その心に深い傷を負っていく。

「どうして、こんなことに……。私が信じていたものは、一体何だったの？」

アリアは、自らの無力さを嘆いた。彼女の周囲から、希望の光が次第に失われていく。

ラザフォードは、二人の女性の運命を、まるで糸操り人形のように操っていた。エレノアは、その悪意の力を増幅させ、アリアの希望を打ち砕く。そして、その過程で、ラザフォード自身もまた、悪神の力に深く染まっていく。彼の魂は、もはやかつての敬虔な神官のものではなく、混沌と破壊を望む悪神そのものに近づいていた。

「 ah、この感覚……。我が主よ、貴方の力は、我が魂に染み渡る。」

ラザフォードは、自身の変貌に歓喜していた。破滅は、もうすぐそこまで来ていた。エレノアは、その破滅の炎を燃え盛らせ、アリアは、その炎に焼かれ、絶望の淵へと沈んでいく。

しかし、ラザフォードの計画には、彼自身も気づいていない、ある「綻び」があった。それは、彼が愛した、そして彼を愛した、ある人物の存在。その人物こそ、彼を破滅へと導いた、あるいは、破滅から救う可能性を秘めた、唯一の存在だった。

「ラザフォード……。貴方は、どこまで行ってしまうのでしょう？」

誰かの声が、彼の脳裏をよぎる。それは、かつて彼が愛した、しかし、彼の破滅によって失われた、かけがえのない存在の声だった。

ラザフォードは、祭壇の上で、深く息を吐き出した。彼の前には、破滅へと向かう世界が広がっている。エレノアの放つ破壊の光と、アリアの消えゆく希望の光。そして、その中心に立つ、悪神官ラザフォード。彼の物語は、まだ終わらない。むしろ、これからが、真の破滅への序章なのであった。

彼の肉体は、悪神の力によって変質し始めていた。肌は白く、瞳は赤く染まり、その指先からは、黒いオーラが放出されていた。彼は、もはや人間ではなかった。悪神の器、そして、破滅を司る存在へと変貌しつつあった。

「全てを手に入れる……。そして、この世界に、我が意思による新たな秩序を築く。」

ラザフォードは、静かに、しかし確信に満ちた声で呟いた。彼の言葉は、暗闇に吸い込まれ、静寂に溶けていった。彼が、この世界にもたらす未来は、光でも闇でもなく、ただ純粋な「破滅」だけなのかもしれない。そして、その破滅の渦の中で、彼は、真の王として君臨しようとしていた。彼の野望は、果てしなく、そして恐ろしいものだった。