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## 【Live2D】-NTR残業-

夜の帳が降り、オフィス街は静寂に包まれ始めていた。しかし、一室だけには未だ明るい光が灯り、キーボードを叩く音が響いている。俺、五十嵐健太は、人気Vtuber「星咲ひかり」の専属モデラーとして、この残業に勤しんでいた。ひかりちゃんは、その愛らしい容姿と、リスナーを飽きさせないトークスキルで、瞬く間にトップVtuberの座を駆け上がった。その彼女を支えるのが、このLive2Dモデリング技術だ。キャラクターの表情、体の動き、細かな仕草まで、全てをこの手で生み出している。

「ふぅ、そろそろ切り上げようかな…」

時計は既に深夜0時を回っている。今日の作業は、明日の配信で使う新しい衣装のテクスチャ調整だ。ひかりちゃんの新しい魅力、ファンのみんなに喜んでもらえるように、細部までこだわり抜いた。疲労はピークに達していたが、それ以上に達成感が俺を満たしていた。

ふと、スマホに通知が届く。ひかりちゃんからだ。

『健太さん、まだお仕事してますか？無理しないでくださいね！』

送信元のアバターには、いつも通りの屈託のない笑顔のひかりちゃんが映し出されている。この笑顔を見ていると、疲れも吹き飛ぶ。

『もうすぐ終わりますよ！ひかりちゃんもゆっくり休んでくださいね』

そう返信すると、すぐにまた通知が来る。

『ありがとうございます！もしよかったら、この後少しだけお話ししませんか？今日の配信、本当に楽しかったです！健太さんが作ってくれた衣装、みんなに好評でしたよ！』

嬉しい。俺の仕事が、彼女の輝きに繋がっている。それが何よりのモチベーションだ。

『もちろんです！どこか都合の良い場所はありますか？』

そう送ると、ひかりちゃんから少し間を置いて返信が来た。

『えっと…今日の配信の後、事務所で少しだけ打ち合わせがあるんです。終わったら、そちらに寄ってもらえませんか？もし迷惑じゃなかったら…』

打ち合わせ？それは初耳だ。いつもはオンラインで簡単な確認をする程度だから。しかし、彼女の頼みとあらば断る理由はない。

『わかりました！終わったらすぐ向かいますね』

再びスマホを置くと、最後のテクスチャ調整に集中した。ひかりちゃんの新しい衣装は、フリルの軽やかさと、少し大人びた色合いが特徴だ。彼女の魅力を最大限に引き出せるように、パラメーターを微調整する。

そして、作業が完了したのが午前1時。俺は、いつものように会社のロッカーから上着を取り出し、ひかりちゃんのいる事務所へと向かった。タクシーに乗り込むと、窓の外には見慣れた夜景が流れていく。今日は、少しだけひかりちゃんとゆっくり話せるだろうか。最近は多忙で、なかなかプライベートな話をする時間が取れていなかったから。

事務所に到着すると、セキュリティカードをかざして中に入る。静まり返った廊下を歩き、ひかりちゃんのいる部屋の前に立つ。ドアノブに手をかけようとしたその時、部屋の中から聞き慣れた声が聞こえてきた。

「えへへ、〇〇くんのおかげで、今日の配信もすごく盛り上がりました！健太さんも、一生懸命頑張ってくれてるんですよ！」

〇〇くん？誰だ？ひかりちゃんの声はいつもより楽しそうだ。そして、聞こえてくるもう一つの声は、低く落ち着いた男性の声だ。知らない声だ。マネージャーでもないし、事務所のスタッフでもない。

俺は思わず足を止めた。胸騒ぎがする。でも、きっとただの打ち合わせだろう。有名Vtuberのひかりちゃんだ。マネージャーや関係者と打ち合わせをするのは当たり前のことだ。

しかし、その後の会話が、俺の心をざわつかせた。

「ねぇ、〇〇くん。この衣装、健太さんが一生懸命作ってくれたんだけど…もっとセクシーにしたくって、ちょっとだけ調整してもらったの。」

「へぇ、ひかりちゃん、すごいね！健太さん、喜んでるだろうな。」

「うーん、どうかな？私は、〇〇くんに見てもらえるのが一番嬉しいけど。」

「え？俺に？」

「うん。〇〇くんが、私のこと一番わかってくれてるから。健太さんには、言えないことも…」

そこで、俺の脳裏に、ひかりちゃんの新しい衣装のデータが浮かび上がった。彼女が「もっとセクシーにしたい」と言っていたことを思い出す。その調整を、俺以外の誰かに頼んでいたのか？しかも、「健太さんには、言えないこと」？

静かにドアに手をかけ、少しだけ隙間を開けて覗き込む。

部屋の中には、ひかりちゃんと、そしてもう一人の男性がいた。男性は、芸能関係のプロデューサーらしき雰囲気を持つ、長身で洒落た服装の男だった。そして、その男の膝の上に座るひかりちゃん。彼女は、俺が作った衣装のまま、楽しそうに笑っている。その笑顔は、普段俺に見せる笑顔とは少し違う、甘えたような表情だった。

「ひかりちゃん…」

俺の声は、掠れてしまった。

ひかりちゃんは、俺の声に気づき、ゆっくりと顔を上げた。俺の姿を認めると、その顔色が一瞬にして変わった。驚きと、そして怯えの色が浮かぶ。

「…けん、た…さん…？」

膝の上に座っていた男も、ひかりちゃんが視線を向けた方向へ顔を向けた。俺の姿を見た男は、ニヤリと薄汚い笑みを浮かべた。

「おや、健太くんじゃないか。こんな時間にどうしたんだい？」

男の声には、明らかに含みがあった。

「ひかりちゃん、それは…」

俺は、ただひかりちゃんに問いかけようとした。しかし、言葉が出てこない。目の前の光景が、あまりにも衝撃的で、頭が真っ白になっていた。

「健太さん、あの、これは…」

ひかりちゃんは、慌てて男の膝から降りようとするが、男はそれを優しく、しかし離さないように、彼女の腰に手を回した。

「いいじゃないか、ひかりちゃん。健太くんも、俺たちの仲を邪魔するつもりはないだろう？」

男はそう言って、俺に視線を向けた。その視線は、侮蔑に満ちていた。

「邪魔なんて…」

俺は、なんとか言葉を絞り出した。「俺は、ひかりちゃんのモデラーとして、彼女の最高のパフォーマンスをサポートするために…」

「サポート？ふーん。」男は鼻で笑った。「健太くんは、ひかりちゃんの見た目しか見ていないんじゃないのか？本当の魅力ってのは、もっと深いところにあるんだぜ？」

男はそう言って、ひかりちゃんの顔を撫でた。ひかりちゃんは、その手つきに身を委ねているように見えた。いつも俺が一生懸命作り上げたキャラクターに、彼女が命を吹き込んでくれる。その関係性が、俺たちの全てだと思っていた。しかし、目の前の光景は、その全てを否定するかのようなものだった。

「ひかりちゃん…」俺はもう一度名前を呼んだ。

ひかりちゃんは、俯き、その瞳から涙が零れ落ち始めた。

「ごめんなさい、健太さん…私…」

「何がごめんなさいなんだ？ひかりちゃんは、俺に一番正直なんだよ。」男はひかりちゃんを抱き寄せた。「健太くんには、まだひかりちゃんの本当の魅力なんて、わかっていないんだろうな。」

男の言葉が、俺の胸に深く突き刺さった。俺は、彼女の魅力の全てを理解しているつもりだった。技術者として、クリエイターとして、彼女の輝きを最大限に引き出すために、全身全霊を傾けてきた。

しかし、それは、彼女の「パフォーマンス」を支えるためのものだった。彼女自身の「魅力」を、彼女が求めている形で理解し、支えていたわけではなかったのかもしれない。

「ひかりちゃんが、それでいいなら…」

俺は、それ以上何も言えなかった。残業で疲弊しきった体に、この衝撃はあまりにも大きすぎた。俺が守ろうとしていたものが、実は彼女の望むものではなかったのかもしれない。

「健太さん！」

ひかりちゃんが俺に手を伸ばそうとする。しかし、男が彼女の肩を掴み、制した。

「もう、いいよ、健太くん。君には、もう関係ないことだから。」

男はそう言い放ち、ひかりちゃんの顔を再び自分の胸に押し付けた。ひかりちゃんの、嗚咽混じりの声が聞こえる。

俺は、何も言えずに、ただその場に立ち尽くしていた。自分の心の中にぽっかりと空いた穴が、冷たい風に晒されているような感覚に陥った。

重い足取りで、俺は部屋を出た。ドアを閉める音だけが、やけに大きく響いた。

オフィスの廊下は、無機質で冷たかった。エレベーターに乗り込み、階数ボタンを押す。上昇していく箱の中で、俺はただ虚無感に包まれていた。

家に帰っても、ベッドに入っても、なかなか眠りにつけなかった。頭の中には、ひかりちゃんの楽しそうな声と、男の嘲笑う声、そして彼女の涙が繰り返し蘇る。

俺は、Live2Dモデラーとして、ひかりちゃんの「キャラクター」を、彼女の「輝き」を、一生懸命支えてきたつもりだった。しかし、彼女の「個人」としての幸せや、彼女が本当に求めているものを、俺は理解できていなかったのかもしれない。

彼女の新しい衣装のテクスチャを調整していた時の、あの達成感。それは、彼女のパフォーマンスを向上させるためのものだった。彼女自身を幸せにするためではなかった。

NTR。その言葉が頭をよぎった。俺が一生懸命作り上げた、俺だけが知っているはずの「星咲ひかり」というキャラクター。そのキャラクターを支える技術。その技術が、彼女と別の男性との関係を、より鮮明にしてしまう。

俺の仕事は、彼女の「画面の中の存在」を、もっと魅力的にすることだ。しかし、彼女の「現実の世界の存在」を、俺は全く理解できていなかった。

それでも、明日の朝になれば、俺はまたPCの前に座り、ひかりちゃんの新しい衣装や、新しいモーションを調整するのだろう。それが、俺の仕事だから。

しかし、あの夜の光景が、俺の仕事に対する情熱に、そしてひかりちゃんに対する俺の認識に、どんな影響を与えるのだろうか。

夜明け前の静けさの中、俺はただ、虚しさと、そして微かな怒りを感じていた。俺が築き上げた、俺だけの「ひかりちゃん」という世界が、音もなく崩壊していく音を聞いているような気がした。明日は、どんな顔でひかりちゃんと向き合えばいいのだろうか。俺の指先から生まれる彼女の命が、今度はどのような意味を持つのか、それは誰にもわからない。ただ、もうあの頃と同じような気持ちで、彼女のために何かを作り出すことはできないだろうと、俺は悟っていた。