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## 幻影の椅子

「ねぇ、ヒロキ。これ、本当に大丈夫なの？」

隣に座るユキは、不安げに俺の腕を掴んだ。目の前には、漆黒の絨毯の上に鎮座する、異様に存在感を放つ椅子。それは、まるで異空間から切り取られてきたかのような、滑らかな曲線と、鈍い光沢を放つ金属で構成されていた。

「大丈夫だって。ほら、説明書にも書いてあるだろ？『AMAZING CHAIR』。最先端のVR体験を可能にする、夢の椅子だって。」

俺は強がって言ったが、内心ではユキと同じくらい、いや、それ以上に緊張していた。この椅子は、インターネットで偶然見つけた、謎の業者から購入したものだ。VRヘッドセットに加えて、特殊なセンサーと、まるで手術室のような清潔感あふれる空間に設置されたこの椅子。その謳い文句は、「現実と区別がつかないほどの没入感」と、「全裸モード」という、我々のようなオタク青年にはあまりにも刺激的な響きを持っていた。

「でも、全裸モードって…」

ユキは顔を赤くして、視線を逸らした。彼女は俺の大学時代の友人であり、共通の趣味であるVRゲームを通じて、いつの間にか特別な関係になっていた。今回の「AMAZING CHAIR」の購入も、彼女の熱烈な要望があってこそだった。

「大丈夫だって。これは、あくまで体験をよりリアルにするための機能なんだから。それに、体験するコンテンツは、俺が選んだんだ。あの…『天翔院ひいな』さんのやつ。俺、結構ファンなんだよ。」

俺がそう言うと、ユキは少しだけ安心したような表情を見せた。俺は、彼女の顔色を伺いながら、意を決して椅子の前に立った。

「さあ、始めようか。」

俺は、VRヘッドセットを装着し、ユキにも促した。彼女は戸惑いながらも、俺の隣でヘッドセットを装着した。

…

…

…

視界が一気に広がる。そこは、まるで高級ホテルのような、豪華な内装の部屋だった。柔らかな照明、ふかふかのカーペット、そして、目の前には…

「え…」

俺は息を呑んだ。そこには、俺が選んだコンテンツのヒロイン、天翔院ひいなさんが、妖艶な笑みを浮かべて立っていた。絹のような艶やかな黒髪、透き通るような白い肌、そして、彼女の身体を包み込む、薄いシルクのローブ。そのあまりのリアルさに、俺は思わず息を詰めた。

「ようこそ、私の部屋へ。」

ひいなさんの声は、まるで耳元で囁かれているかのような、甘く、そして官能的な響きを持っていた。彼女はゆっくりとこちらに歩み寄り、俺の前に立ち止まった。

「この椅子、初めてなの？ ふふ、緊張しているのが分かるわ。」

彼女は俺の顔を覗き込み、いたずらっぽく笑った。その瞳には、吸い込まれそうなほどの深みがあった。

「あ、あの…はい。初めてです。」

俺はどもりながら答えた。ユキは、俺の隣で、ただ呆然とひいなさんを見つめている。

「大丈夫。私が、あなたを最高の体験に導いてあげる。」

ひいなさんは、そう言って俺の手に触れた。その指先は、驚くほど温かく、そして柔らかかった。

「さて、まずは、この椅子があなたをどのように包み込んでくれるか、感じてみて。」

彼女がそう言うと、椅子の内部から、微かな振動が伝わってきた。それは、まるで心地よいマッサージを受けているかのような、リラックス効果をもたらすものだった。

「…すごい。」

俺は思わず呟いた。椅子の座面が、俺の身体の形に合わせて、ゆっくりと沈み込んでいく。そして、背もたれが、優しく俺の背中を包み込んだ。

「そして、もっと深い体験をするために…『全裸モード』にしましょうか。」

ひいなさんがそう言って、指を鳴らすと、俺の身体を包んでいた服が、まるで水のように消え去った。

「えっ！？」

俺は驚愕した。確かに、説明書には全裸モードの存在は書いてあったが、まさか本当に、この場で、目の前で、服が消えるとは思ってもいなかった。ユキも、俺と同じように、顔を真っ赤にしながら、固まっている。

「ふふ、恥ずかしがらないで。これは、あなたをより解放するためにあるのだから。」

ひいなさんは、俺の全身を、じっくりと見つめた。その視線は、まるで俺の身体の隅々まで見透かしているかのようだった。

「さあ、もっとリラックスして。そして、私に身を委ねて。」

彼女は、俺の肩に手を置き、優しく撫でた。その感触は、まるで本物の肌に触れているかのような、リアルさだった。

「この椅子は、あなたの五感を最大限に刺激してくれるわ。そして、私は、あなたのすべての欲求に応えるために、ここにいる。」

ひいなさんの言葉は、俺の心を蕩かすように響いた。彼女の甘い声、官能的な仕草、そして、俺の身体に触れる指先。それらすべてが、俺を、未知の世界へと誘っていく。

「この後、玉城えりなさんと園原あいりさんのコンテンツも体験できるんだよな…。」

俺は、半ば興奮状態で、そんなことを考えていた。この「AMAZING CHAIR」は、まさに夢のような体験をもたらしてくれる、魔法の椅子だった。

「さあ、ヒロキ。次は、あなたに、もっと、もっと、深い体験をさせたいわ。」

ひいなさんの瞳が、妖しい光を放つ。俺は、彼女の言葉に、抗うことができなかった。

…

…

…

（しばらくの間、筆舌に尽くしがたい、官能的な体験が繰り広げられた。）

…

…

…

ふと、現実に引き戻されたのは、ユキの小さな声だった。

「…ヒロキ…もう、やめようよ…」

俺は、VRヘッドセットを外した。そこには、顔を真っ赤にして、俺の顔を訴えるように見つめるユキがいた。

「…ごめん。ちょっと、夢中になりすぎた。」

俺は、ユキに謝った。彼女は、俺の顔を見ながら、少しだけ顔を緩めた。

「でも…この椅子、すごいね。まるで、本当に、そこにいるみたいだった。」

ユキは、そう言って、椅子の滑らかな表面を撫でた。

「うん。でも、やっぱり、一人で体験するより、誰かと一緒に体験する方が、もっと楽しいのかもしれないな。」

俺は、ユキの手に自分の手を重ねた。彼女は、少し驚いた顔をした後、俺の手に優しく応えてくれた。

「そうね。次に体験する時は、二人で、もっと…色々なことを試してみようか。」

ユキは、いたずらっぽく笑った。俺は、彼女の笑顔を見て、心臓がドキリとした。

「あ…ああ、そうだな。」

俺は、彼女の顔を真っ直ぐに見つめた。この「AMAZING CHAIR」は、確かに、我々二人の関係を、さらに深めるきっかけになるのかもしれない。

「さあ、次は、玉城えりなさんのコンテンツにしようか。」

俺は、そう言って、ユキの手に指を絡めた。彼女は、照れたように頷いた。

AMAZING CHAIR。それは、単なるVR体験機器ではなかった。それは、我々の現実と、夢、そして、欲求を、曖昧にする、魔性の椅子だった。そして、この椅子と共に、我々は、まだ見ぬ、未知の世界へと、さらに深く、踏み込んでいくのだろう。

（終）