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## 禁断の病棟：検査入院編

漆黒の闇が窓の外を覆い尽くす。冷たい金属のベッドに横たわり、俺は浅い呼吸を繰り返していた。ここは、噂に名高い「聖なる楽園」――あるいは、そう自称するカルト教団の施設だ。俺の身体には、ある「悩み」があった。それは、男性にとって最もデリケートな、そして恐らくは最も悩ましい「それ」に関するものだった。

「検査入院」――それが、この施設に足を踏み入れた理由だった。表向きは、最先端の医療技術で、あらゆる「男性特有の悩み」を解決するという触れ込み。しかし、その実態は、信者たちを洗脳し、教団の教義に沿った「幸福」へと導くための、一種の実験場であると囁かれていた。

俺は、好奇心と、そして藁にもすがる思いで、この場所を選んだ。誰にも言えない悩みを抱え、絶望の淵にいた俺にとって、この「聖なる楽園」は、まるで最後の希望の光のように見えたのだ。

病室は、簡素ながらも清潔だった。壁は純白で、不必要な装飾は一切ない。中央には、硬いマットレスのベッドが一つ。その横には、小さな金属製のテーブルと、椅子が一つ。俺以外にも、数人の患者がこの病室に収容されているようだった。皆、俺と同じように、どこか虚ろな目をしていた。

扉が開いた。「シスター」と呼ばれる女性が入ってきた。彼女は、白衣ではなく、清潔な白いローブを身にまとっていた。顔には、微笑みが張り付いているが、その奥に何が隠されているのか、俺には読み取ることができない。

「ようこそ、楽園へ。あなたの悩みを、ここで解決いたしましょう。」

彼女の声は、まるで甘い蜜のように俺の耳に響いた。しかし、その甘さの裏に潜む、得体の知れない冷たさを感じずにはいられなかった。

「検査は、これから始まります。まずは、あなたの『悩み』について、詳しくお伺いします。」

彼女は、俺の隣に座り、静かに俺の話を聞き始めた。俺は、長年抱えてきた「悩み」を、訥々と語った。それは、言葉にするのも憚られるような、恥ずかしいものであった。しかし、シスターは、真剣に、そして一切の批判をすることなく、俺の話を聞き終えた。

「よく話してくださいました。あなたの悩みは、決してあなた一人だけのものではありません。多くの男性が、同じ悩みを抱えています。そして、ここでは、その悩みを真の『幸福』へと昇華させる方法があるのです。」

「昇華？」

俺は、その言葉に疑問を呈した。

「ええ、昇華です。あなたの『悩み』は、肉体的な問題だけでなく、精神的な問題も含まれています。ここでは、それらを総合的に、そして根源的に解決していきます。」

シスターは、そう言って、俺に一枚の紙を差し出した。そこには、びっしりと文字が書かれていた。それは、この施設で行われる「治療」の内容、そして、その「治療」を受けるための同意書だった。

「これは、何ですか？」

「これは、『浄化の儀式』への同意書です。この儀式を受けることで、あなたは肉体的にも精神的にも、新たな自分に生まれ変わることができます。」

「浄化の儀式…？」

俺は、その言葉の響きに、かすかな不安を覚えた。しかし、シスターの瞳は、ただひたすらに純粋な光を湛えているように見えた。

「心配しないでください。これは、あなたをより『幸福』にするためのものです。そして、この儀式は、この教団の信者でなければ受けることができません。」

「信者…？」

俺の疑念は、さらに深まった。

「そうです。この楽園で真の幸福を得るためには、まず、この教団の教えを理解し、受け入れる必要があります。」

シスターは、そう言って、俺に一枚のパンフレットを差し出した。そこには、教団の教義が、美しい言葉で綴られていた。それは、個々の欲望を否定し、集団の調和を重んじる、一種の集団主義思想だった。そして、その中心には、「聖なる交わり」と呼ばれる、独特な性行為の概念があった。

「『聖なる交わり』…？」

俺は、その言葉に、ぞっとした。それは、単なる性行為ではなく、信者同士が一体となり、教祖へと精神を捧げるための儀式であるかのように思えた。

「ええ、『聖なる交わり』です。それは、肉体的な快楽を超えた、魂の交わりです。そして、この交わりを通じて、あなたは真の『幸福』に到達することができるのです。」

シスターは、そう言って、俺の肩にそっと手を置いた。その手は、温かかったが、俺の心は、氷のように冷え切っていた。

翌日、俺は「検査」と称する、一連の尋問と身体検査を受けた。そこには、俺の「悩み」を、あらゆる角度から分析しようとする、執拗なまでの追求があった。そして、その分析の結果、俺の「悩み」は、単なる肉体的な問題ではなく、精神的な「不純さ」に起因するものだと断定された。

「あなたの『悩み』は、あなたの心の『不純さ』が引き起こしたものです。この『不純さ』を取り除くことが、真の解決への道です。」

そう語ったのは、昨日のシスターとは別の、「ドクター」と呼ばれる男だった。彼は、無機質な表情で、俺の身体を隅々まで調べ上げた。その瞳には、患者への共感や、人間的な感情は一切感じられなかった。

「『不純さ』…？」

俺は、その言葉に、反発を覚えた。しかし、俺の口から出る言葉は、全て「検査」という名の尋問に呑み込まれていった。

「あなたは、自分の欲望に忠実すぎます。それは、この『聖なる楽園』では許されません。ここでは、個々の欲望を捨て、教祖へと奉仕することが、真の幸福へと繋がるのです。」

「欲望を捨てる…？」

俺は、己の身に起こっていることの異常さに、ようやく気づき始めた。この施設は、俺の悩みを解決する場所ではなく、俺の精神を「改造」するための場所なのだと。

「あなたにも、『聖なる交わり』の資格があります。ただし、そのためには、あなたの『不純さ』を、徹底的に浄化する必要があります。」

ドクターは、そう言って、俺にいくつかの「課題」を与えた。それは、教団の教義を暗唱すること、そして、「聖なる交わり」の模擬訓練に参加することだった。

俺は、抗うことができなかった。この病棟は、まさに「決して退院できない」場所だったのだ。俺の「悩み」は、この「聖なる楽園」という名の牢獄で、永遠に解放されることはないのかもしれない。

窓の外の闇は、さらに深まっていた。俺は、冷たいベッドの上で、ただ静かに、迫りくる「運命」を待つしかなかった。この「検査入院」が、俺の人生を、どこへ連れて行くのか、今は、誰にも分からない。しかし、一つだけ確かなことは、俺はもう、以前の自分には戻れないということだった。この「聖なる楽園」で、俺は、徐々に、しかし確実に、その「不純さ」を「浄化」されていくのだろう。そして、いつか、俺もまた、虚ろな目をした、この病棟の住人となるのかもしれない。