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## 終恋限定日記 - 壊れたフィルムと残像の恋

空は鉛色の雲に覆われ、ひんやりとした風が頬を撫でた。10月、終業式を終えたばかりの高校3年生、坂上遥は、古びた映画館「銀幕座」の前に立っていた。その重厚な扉の向こうには、彼女にとって特別な場所、そして、終わりの始まりが待ち受けていた。

遥は、幼馴染の影山直樹に恋をしていた。それは、幼い頃から変わらぬ、静かで温かい、まるで古いフィルムのような恋。直樹は、絵を描くのが得意で、いつも静かに、しかし鋭い眼光で世界を見つめていた。彼の描く絵は、言葉にならない感情を鮮やかに表現し、遥の心を揺さぶった。

「銀幕座」は、直樹が幼い頃、両親とよく訪れた場所だった。映画の後は、いつもそこで直樹がスケッチブックを広げ、銀幕に映し出された情景を描き留めていた。そんな直樹の姿を、遥はいつも少し離れた場所で、見つめていた。

高校最後の夏、直樹は、奨学金を得て、芸術大学に進学することを決めた。東京だ。遥にとっては、遠い、手の届かない場所。その事実を突きつけられた時、遥は初めて、自分の恋心を自覚した。それは、まるで古びたフィルムを丁寧に再生した時のような、甘酸っぱい、切ない感情だった。

終業式の日に、遥は直樹に告白する決意をした。銀幕座で。彼が幼い頃、夢中になってスケッチをしていた場所で。しかし、告白する直前、彼は遥に一つのフィルムケースを手渡した。

「これ、俺が小さい頃、親父がくれたもの。見てくれ。」

ケースの中には、8ミリフィルムが入っていた。それは、直樹が幼い頃、両親と「銀幕座」で過ごした日々を映した、貴重なホームムービーだった。そこには、笑う両親と、真剣な眼差しでスケッチをする直樹の姿が映っていた。しかし、フィルムの最後には、突如として映像が乱れ、静止画のようになっていた。

「…これは、俺が最後に見た、お母さんの笑顔。」

直樹は、静かに言った。彼の言葉には、何とも言えない悲しみと、失われた時間への深い後悔が滲んでいた。母親は、直樹が小学校6年生の時、病気で亡くなっていた。遥はその事実を知らなかった。

フィルムは、その後の直樹の人生を映し出していなかった。まるで、その日、時間が止まったかのように。彼は、母親の死をきっかけに、絵を描くことに没頭し、心の中を閉ざしていったのだ。そして、遥への恋心にも、気付いていなかった。

「…ごめん、遥。ずっと気づかなかった。」

直樹は、自分の心を素直に語った。そして、遥への感謝と、東京へ行くことへの複雑な思いを、ぎゅっと詰めた言葉が続いた。

遥は、涙が止まらなかった。それは、悲しみだけではない、複雑な感情が混ざり合った涙だった。直樹の過去を知ったことで、彼の孤独と、その重さに改めて気付かされたのだ。

しかし、同時に、彼女は、直樹の心の奥底にある温かさを、改めて感じていた。そして、彼への恋心は、ますます深まっていった。

「大丈夫。応援してる。」

遥は、絞り出すようにそう言った。東京で頑張る彼の背中を、遠くから見守ることを決めた。

その日、銀幕座には、夕暮れの光が差し込んでいた。壊れたフィルムのように、二人の時間は断片的にしか残らなかったが、その断片は、二人の未来を照らしていく光になるだろう。

卒業後、遥は地元の小さな図書館で働き始めた。時々、直樹から絵葉書が届いた。東京の街並みや、彼が描いた絵、そして、短いメッセージ。それらは、まるで、壊れたフィルムを繋ぎ合わせていくように、二人の間の距離を、少しずつ縮めていった。

一年後、遥は、東京で個展を開く直樹を訪ねた。「銀幕座」で見た、彼の絵が、東京という大きな舞台で、多くの人々の心を掴んでいた。

展覧会の後、二人で静かに話をした。東京の喧騒とは無縁の、穏やかな時間。直樹は、自分の絵を通して、母親への想いを表現していると言った。そして、遥への感謝の気持ち、そして、初めて、本当の気持ちを伝えた。

「遥、君と出会えて、本当に良かった。」

その言葉は、まるで、長く止まっていた古いフィルムが、再び動き出したかのような、鮮やかな輝きを放っていた。壊れたフィルムの断片は、新しい物語を紡ぎ出し、二人の未来を彩り始めた。それは、終恋ではなく、新たな恋の始まりだったのだ。そして、その恋は、永遠に、二人の心のフィルムに焼き付けられていく。