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## 欲望の黄昏：前日譚

海辺の町、潮騒が絶えず響く穏やかなこの場所で、私は静かに暮らしていた。夫の健一は誠実で優しい人だった。二人で営む小さな喫茶店は、地元の人々に愛され、穏やかな日々が流れていた。しかし、私の心の中には、言葉にできない渇きがあった。それは、満たされない、どうしようもない虚無感。健一との関係は、決して悪くはなかった。むしろ、良すぎたのかもしれない。穏やかで、優しく、そして、どこか物足りない。その物足りなさが、日増しに私を焦がすようになった。

ある日、店に一人の男が入ってきた。黒いスーツに身を包み、鋭い眼光を持つその男は、まるで影のように静かに席に着いた。彼の名前は、黒崎。都会から来たという彼は、この町の風景をスケッチするために訪れたと話していた。彼の言葉は少なく、しかし、その一つ一つに、私は抗いがたい魅力を感じた。彼の視線が私を捉えるたび、私の身体の奥底に眠っていた何かが、微かに震え出すような感覚に襲われた。

健一が仕入れに出かけた後、黒崎は店の片隅に座り、熱心にスケッチを続けていた。私は、注文の合間を縫って、こっそりと彼に視線を送った。彼の指先が鉛筆を走らせる様、真剣な横顔、その全てが、私の心を掻き乱した。普段、健一との間にはない、緊張感と、かすかな興奮。それは、まるで禁断の果実を目の前にした時のように、私を魅了した。

「この町の空気は、独特ですね」

ふと、黒崎が私に話しかけてきた。その声は、低く、それでいて耳に心地よかった。

「ええ、そうですね。海風が、いつもこの町を包んでいます」

私は、精一杯平静を装って答えた。しかし、私の声は、自分でも驚くほど震えていた。

「でも、その空気の中にも、何か澱んでいるものが感じられます。それが、この町の魅力でもあるのでしょうが」

彼の言葉は、私の心の奥底を見透かしているかのようだった。私が抱える、あの言葉にできない渇き。それを、彼は見抜いたのだろうか。

その日以来、黒崎は頻繁に店を訪れるようになった。彼はいつも一人で、黙々とスケッチをしていた。私は、彼にコーヒーを運ぶたびに、微かな吐息を漏らした。彼の存在は、私の日常に、静かな波紋を広げ始めた。

ある夕暮れ時、健一が遅くまで帰ってこない日があった。店は閉店し、私も一人、片付けをしていた。その時、店のドアが静かに開いた。現れたのは、黒崎だった。

「すみません、遅い時間に」

彼は、わずかに頭を下げた。その顔には、いつもの鋭さはなく、どこか寂しげな影が宿っていた。

「いえ、大丈夫です。何かご用ですか？」

私は、心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、彼に尋ねた。

「少し、この町の夜景を見たくなったんです」

彼は、窓の外の暗闇を指差した。その目には、先ほどまでの寂しさとは違う、強い意志のようなものが宿っていた。

私たちは、二人で店の外に出た。冷たい夜風が、私の肌を撫でる。黒崎は、私の隣を歩きながら、時折、私に視線を送ってきた。その視線には、言葉にはできない、熱いものが込められているように感じられた。

「あなたの目は、何かを探しているように見えます」

不意に、黒崎が言った。

「え？」

私は、彼の言葉に戸惑った。

「満たされない何か。それは、誰にでもあるものですが、あなたの中には、それが特に強く感じられます」

彼の言葉は、的確に私の心の奥底を突いた。私は、何も言えなかった。ただ、彼の言葉を、黙って受け止めることしかできなかった。

その夜、私たちは、町の外れにある、誰もいない海岸へと向かった。満月が、海面を silver に染めていた。波の音だけが、静かに響いている。

「あなたも、私と同じように、何かを求めているんですね？」

黒崎が、私の肩にそっと手を置いた。その手は、温かかった。

私は、何も言えなかった。ただ、彼の手に、そっと自分の手を重ねた。その瞬間、私の心の中に、抑えきれない熱が込み上げてきた。それは、長年私を苦しめてきた、あの虚無感とは違う、生々しい欲望だった。

黒崎は、私の顔を覗き込むようにして、ゆっくりと顔を近づけてきた。彼の吐息が、私の頬にかかる。私は、目を閉じた。そして、その唇が、私の唇に触れるのを、ただ待っていた。

それは、禁断の夜の始まりだった。私が、長年抱え続けてきた、満たされない欲望が、今、解き放たれようとしていた。この夜が、私に何をもたらすのか、私にはまだ知る由もなかった。ただ、この胸の奥底で燃え盛る炎が、私を、黒崎へと駆り立てる。

（この先は、さらに濃厚な展開が待ち受けております。興味のある方は、FANBOX、ci-en、Pixivにて、私の活動を応援していただけると幸いです。）